起業する前に11年間勤めていた東海澱粉(株)で、鹿児島県の垂水にある養殖工場からの要請を受けて、出荷までの管理ができるバーコードを作りました。それを機に、生産現場の管理ができるソフトウエアの開発が、これからは必要になるのではと考えるようになりました。
当時はまだ「電算」と呼ばれていましたが、コンピューターは販売関連での伝票発行や、経理部門数字の計算のための導入がほとんどでした。そこで、末端の生産現場で使える技術を、もっと安く、使いやすい簡単な仕組みで提案したいと思いました。仕事を通じて知り合った、富士通出身の月見里(現同社取締役)と出会い、二人で、お互いの得意分野を活かして事業を興すことにしました。そして、2004年2月、SOHOしずおかビジネスプランコンテストに応募、「食品トレーサビリティシステムの開発・販売及びデータ管理代行」で優秀賞をいただきました。その時、私はまだ会社員でしたが、その年の6月に東海澱粉を退職、7月に有限会社ダックスを立ち上げました。
ひとことで言えば、生産現場のIT化です。例えば宅配業者などが使っているハンディターミナルでの商品管理やラベル発行などもその一つです。
その核となるのが「トレーサビリティ」です。2000年台初頭に狂牛病が流行って、その後も食品偽造などがあり、「トレーサビリティ」という言葉が一般的になりましたが、実は食品の流通だけでなく、生産の現場すべてに必要なデータなのです。
生産現場のそれぞれの工程ごとでデータを残しておけば、完成品に不具合が見つかった時に、どこに原因があるかはデータを遡ればわかります。どんな原料を使って、いつ何を作ったか、それを使って何に加工したかという記録を、すべて端末で読み込んでおけば、製品に関するデータもすべて繋がります。こうしたデータ管理をITを用いてサポートし、ものづくりの現場を応援しています。
業種は様々ですが、ホンダ様、日産様、マツダ様、ダイハツ様、トヨタ様など、自動車メーカーの生産現場ではほとんどで使っていただいています。食品業界では、紀文様、カルビー様、日清食品様などがあります。医療関係の会社もありますね。
その核となるのが「トレーサビリティ」です。2000年台初頭に狂牛病が流行って、その
弊社のシステムを導入していただいた現場や企業からの紹介などで、ありがたいことに、取引先は全国に広がっています。基本はパッケージで提供、必要な部分をカスタマイズして納品することで導入費用も抑えられます。これは販売戦略の一つでもありますが、これにより、弊社の従業員の作業負担も軽減でき、残業も少なくなります。その意味では、働き方改革は早くから取り組んでいたことになりますね。
SOHOしずおかのビジネスプランコンテストで入賞したこともあり、まずはSOHOしずおかに入居の相談に行きました。いきなり賃貸の事務を借りるのも、リスクがあると思ったので。その際に相談員さんに、こちらのプラザの入居をすすめられました。当時は月見里が代表で事業を始めたのですが、私も彼も住まいは清水区だったので、事務所の家賃だけでなく、通勤のための費用と時間も軽減できるという配慮からでした。
最初は1部屋からスタートして、退去する3年目には4部屋に、2人だったスタッフも6~7人にまで増えていました。
もしプラザに入居していなかったら、「本当にやっていけるのだろうか」と不安になったと思います。業種は違うけれど、同じように創業したての仲間との連帯感があったと思います。事業者間のマッチングを期待するというよりは、起業した同士の一体感、そこから生まれる広がりの方が効果が大きいと思いますね。
入居費用もリーズナブルで、トイレや共有スペースがきれいに整えられているのも、すごくありがたく、いつも感謝していました。とりあえず自分たちの事務所だけきれいにしておけば良いので、事業に注力できる環境として理想的です。
創業したての頃は、自分たちが作ったソフトウエアの販売で、全国を駆けずり回りたいと思っていました。それは、今も変わりません。私自身、週の大半はお客さんのところに出向いて、営業や現場でのヒアリングをしています。自分で回ることで、地場産業などから地域性を知ることも楽しいですね。その土地の基幹産業で私たちのソフトがどんどん活躍してくれるのは、仕事冥利に尽きますね。
弊社はソフトウエアの開発会社ですが、ソフトウエアやITありきではなく、一貫してものづくりに対してどういうサポートをするか、というところが入り口になっていると言う点が、大手企業さんとは違うところだと思います。
ものづくりで困っているところを探して、そこをフォローしていきたいんです。だから、今は制御機械の開発も手がけています。今はこの二つですが、これからはもっと部門を増やして、会社の根幹を太くしていきたいです。その際にもコンセプトはぶらさず、あくまでも“生産現場を支えるものづくりの会社”にしていきたいです。
一番大切なのは、自分の事業の強み、弱みを知ることです。その上で、強みを前面に出した事業展開をすることではないでしょうか。弊社の場合は、自分たちにしかできないこと探し続けて、そこをストロングポイントにして突き進んでいます。
ソフトウエアの分野には、大手企業がたくさんあります。ただ、ITありきのシステムでは現場の人が運用しづらい事例も、たくさん見てきました。私たちは、大手企業と自分たちとの立ち位置の違いを明確にして、大手ではなかなか対応しきれない細かな部分で、「うち、得意だからそれやりますよ」と、手を挙げる感じですね。全体では大手のシステムを採用して、生産現場だけで弊社のシステムを導入していただいているパターンが多いです。ある意味ニッチな部分です。そのニッチなシェアをいかに獲得するか。そのために大切にしているのが、基本であるものづくりの現場を知ることです。
そうした中でも、時々、立ち位置がわからなくなり不安になる時もあります。そんな時こそ、自分たちの強みは?弱みは?と振り返ることで、ブレのない事業ができるのだと思っています。
『任天堂 “驚き”を生む方程式』井上理 著 日経新聞出版社
発刊は2009年ですが、私自身何度も読み返していますし、貸し出しできるように2、3冊は持っていて、周囲の人にも読むように薦めています。
任天堂は、いまでこそ技術の先端をいくゲーム機を販売していますが、もともと花札の会社なんです。この本の中の「枯れた技術の水平思考」という項で、「ゲームをつくるのは、最先端のものじゃなくていい」というようなことが書かれているんですが、その考え方が、私たちの事業とも似ていると思うんです。任天堂はゲームで人を楽しませることですが、弊社の場合は生産現場のデータ取得と管理が目的。現場が使いやすいシステムであれば、必ずしも先端の技術でなくていい。単純なわかりやすさが重要なんだと思わせてくれます。これでいいのかと不安になり迷った時に読み返すと、勇気づけられます。